| 佐藤正栄堂 「時計/宝石物語」シリーズ | Number 35 |
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〜 ウオッチに関するあれこれ <その1>〜 今回はFM山形 Boy Radio Freedom 第3・4火曜日のオン・エアでお届けしている 「ワールドリストウオッチ」コーナーの中で、 リスナーの方々からお寄せ頂いた 時計に関するご質問にお答えする形でお話を進めてみましょう。 Q1 時計の値段が一番高いメーカーはどちらですか? 宝石や貴金属で飾った宝飾時計では、SEIKOでも2億2千万円というものもありましたが、 純粋に精密機械として値段が高く、また一般に販売されているものですと パテックフィリップやユリスナルダン、ブレゲ、オーデュマピゲ、 ブランパン、バセロン・コンスタンチンといったところでしょう。 どのメーカーも時計の平均単価が100万円以上になります。 ※「佐藤正栄堂」では、各種イベントや催事の際には オーデュマピゲなどを展示しています。 Q2 時報ってどこから来るの ? ラジオ・テレビの時報は、ほとんどが水晶発振式の放送局用時計をもとにしています。 NHKは高精度のルビジウム発振器を使ったルビジウム原子時計を使用しています。 電話でおなじみの117番問合わせの時報は、電話局の水晶発振式時報装置と 発声装置よりアナウンスされています。 また、日本の標準時は独立行政法人の通信総合研究所のセシウム発振器という 秒の単位を決めている時計が源になっており、放送局も電話の時報もここからの 電波信号に基づいて時刻を修正しています。 ちなみに、時報のサービスは、1955年(昭和30年)6月10日の 「時の記念日」より開始されました。 Q3 時計っていつ頃からあるのですか? 人間と時の関わりは長く、BC(紀元前)3400年頃にエジプトで 星により時間を計っていたようです。BC2000年頃にバビロニアで 日時計が使われていたといわれています。 その後、水、ローソク、油など様々な素材を用い「時」を計る時計が作られました。 AD(西暦)1090年に中国では脱進機をもつ大型の水時計 (水運儀象台−天文観測時計塔)が作られました。 1300年頃には重りを動力とする機械時計が誕生し、 1462年頃にぜんまいを動力とする小型時計へと発達していきます。 時計技術の革新は、1582年頃にガリレオ(イタリア)が振り子の等時性原理の発見、 更に、1656年頃にホイヘンス(オランダ)がそれを時計の振り子に応用する 振り子時計の開発により、画期的に時計精度が向上しました。 1675年にホイヘンスはひげぜんまいによるてんぷ式調速機を発明して、 携帯時計をつくりました。 更にその後、脱進機や調速機などの改良が加えられて機械時計が発達しました。 18世紀にはパリ・ロンドン等で手工業による時計産業が発達し、 19世紀にアメリカで合理的な生産システムが開発されて 機械時計はめざましい発展をしました。 日本ではAD(西暦)671年に天智天皇が漏刻(水時計)で時を計り鐘や 太鼓を打って時を知らせることを始めました。 江戸時代には多くの時計師が、櫓(やぐら)時計、尺(しゃく)時計、枕時計などの 和時計を作り、からくり儀右衛門こと田中久重は1851年に和時計の 万年時計をつくりました。 1872年(明治5年)12月3日に明治政府は太陰暦を廃して太陽暦を採用し、 定時法に移行したため和時計の時代は終わりました。 1875年(明治8年)には八角型や四つ丸型のぜんまい式振り子時計 (ボンボン時計とよばれていた)が初めて輸入され、 その後日本各地で多くの時計メーカーが誕生しました。 1927年にアメリカで水晶時計が発明されますが、 日本では水晶時計の小型化に取り組み、 1969年(昭和44年)には時計史上画期的な水晶アナログウオッチが発売されて 携帯時計の精度は飛躍的に進歩しました。 続いて1973年(昭和48年)には 液晶式水晶デジタルウオッチが発売され、又、1999年(平成11年) 及び2001年(平成13年)に標準電波送信所が開設され、 全国で正確な時を受信できるようになり、電波修正時計が相次いで発売されました。 などなど、他にも様々なご質問を頂戴しておりますので、 次回にまた取り上げることといたしましょう。 |